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体罰ってどう思いますか?

私が、小学生の頃、体罰は当たり前のようにありました。

スリッパで叩かれる
廊下に正座させられる
竹刀でお尻を叩かれるなど

また、親も厳しい人でしたので、些細な事で、殴られたり蹴られたりもしました。

昔は体罰と言い、今は、虐待やいじめと言われる類いです。

厳しかった体罰で、良かったと思えるのは、、、

どういうとき、どの程度、暴力を振るうと、人は、どんな気持ちに陥り、どうなるかが、わかるくらいでしょうか、、、

厳しい体罰で、良くなかった事は、、、

自分は、人を叩かないと思っていたのに、自分の娘たちに、感情的になると、叩いてしまう事。

特に、娘たちの特性がわからなかった頃は、何度言ってもわかってもらえない腹立たしさから、叩いてしまう。

そして、叩いてしまった後の、とてつもない罪悪感に悩みました。

暴力を受けて育つと、[叱る=叩く]と、体が覚えてしまうのかもしれません。

だからと言って、全く叩くことなく、子育てをする事は、身をもって、人の痛みを体感する事が出来ないとも、思います。

事と場合によっては、体罰が必要な時も人生にはあると思っています。

身の危険をわかってもらわなければいけないとき

人を陥れたり、傷つけてしまった時、、、

人の痛みを知らなければならないような時は、叩いて痛みを体感する事は必要な事ではないかと思っています。

ですが、、、

今、指導する側に、体罰がどういうもので、どんな意味があるのか、、、

知らない人がたくさんいるように思えてなりません。

自分も、体育会系で、ミスをしたら、体罰を受けたから、体罰をする。

親から叩かれて、躾をされたから、叩いて躾をする。

自分もそうだったから、とか、昔はそうだったから、と、指導するのは、大きな過ちだと思っています。

体罰をする前に、人として、話をすべきです。

してはいけないことなどは、大概の事は、根気よく話せば、いずれ伝わります。

話す事で、双方の気持ちもわかり、信頼が生まれます。

愛や思いやりが生まれます。

だから、本当に必要な厳しさは、その意味があるから、厳しくても、相手に伝わる。

必要とは、必ず要になるんです。

必ず要にならない体罰は、ただの暴力、いじめ、虐待となってしまう。

人と絶望にまで追い詰めるような罰は、絶対にないし、あってはならない。

これを見極めれるように、社会があってほしい。
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可憐のroomにご訪問いただきありがとうございます♪

発達障害が悪いことじゃありません。

家庭でも工夫次第、考え方次第で、療育的子育てはできます。
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子供たちのアスペちゃんとLDと社会性適応障害の中で、たくさん学び、親として成長させてもらっています(*´∀`*)

天使のような姉妹が、私を選んで生まれてくれたことに感謝です♪

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